インドネシアで人事・給与業務を行ううえで、必ず理解しておきたい制度の一つが「THR(宗教大祭手当)」です。THRは、日本の賞与(ボーナス)のように企業が任意で支給するものではありません。一定の条件を満たす従業員に対して支給が義務付けられている法定手当です。特にイスラム教徒が多いインドネシアでは、レバラン(イドゥル・フィトリ)前に多くの企業がTHRを支給するため、人事・経理部門にとって重要な年間業務の一つとなっています。一方で、
- 「誰がTHRの対象になるのか」
- 「勤続1年未満の場合はいくら支給するのか」
- 「基本給だけで計算するのか、手当も含めるのか」
- 「退職予定者にもTHRを支給する必要があるのか」
など、実際の運用では判断に迷うケースも少なくありません。
本記事では、インドネシアにおけるTHRの基本ルールから、勤続期間別の計算方法、支給期限、人事管理システム(HRIS)を活用した自動化まで、日本人経営者・人事担当者向けに分かりやすく解説します。
THR(宗教大祭手当)とは?
THR(Tunjangan Hari Raya Keagamaan)とは、宗教上の祝祭日に合わせて企業から従業員へ支給される法定手当です。THRについては、労働大臣規則第6号(2016年)などで定められています。THRは企業が任意で支給するボーナスや福利厚生ではなく、一定の要件を満たす従業員に対して企業が支給しなければならないものです。原則として、継続して1か月以上勤務している従業員が対象となります。対象には、無期雇用契約(PKWTT)の従業員だけでなく、有期雇用契約(PKWT)の従業員も含まれます。
THR支給で押さえておきたい3つの基本ルール
1. THRの支給期限
THRは、対象となる宗教上の祝祭日の遅くとも7日前(H-7)までに支給する必要があります。そのため、人事・経理部門は祝祭日の直前になってから計算を始めるのではなく、対象者、勤続期間、給与情報などを事前に確認しておくことが重要です。特に数百人、数千人規模の従業員を抱える企業では、THR計算だけでなく、支給に必要となるキャッシュフローについても早めに準備しておく必要があります。
2. THRの支給対象者
基本的に、継続して1か月以上勤務している従業員が対象です。対象となる雇用形態には、
- 無期雇用契約(PKWTT)
- 有期雇用契約(PKWT)
- 一定の条件を満たす日雇い労働者
などがあります。そのため、「契約社員だからTHRを支給しなくてもよい」というわけではありません。雇用形態だけで判断するのではなく、勤続期間や契約状況などを確認する必要があります。
3. 対象となる宗教上の祝祭日
THRは、原則として従業員が信仰する宗教上の祝祭日に合わせて支給されます。例えば、イスラム教徒の場合はイドゥル・フィトリ、キリスト教徒の場合はクリスマス、ヒンドゥー教徒の場合はニュピ、仏教徒の場合はワイサックなどです。ただし、会社と従業員との合意や就業規則、労働協約などに基づき、特定の宗教上の祝祭日にまとめて支給する運用が行われる場合もあります。インドネシアではイスラム教徒の従業員が多いことから、実務上はレバラン前にTHRを支給する企業も多く見られます。
THRの計算方法
THRの支給額は、主に従業員の勤続期間によって決まります。計算の基礎となる「1か月分の賃金」は、給与体系によって基本給のみ、または基本給+固定手当となります。
1. 勤続12か月以上の場合
継続して12か月以上勤務している従業員には、原則として1か月分の賃金をTHRとして支給します。
THR = 1か月分の賃金
例えば、基本給が700万ルピアで固定手当がない場合、THR = 7,000,000ルピアとなります。基本給700万ルピアに加えて、固定手当100万ルピアが支給されている場合は、THR = 7,000,000+1,000,000 = 8,000,000ルピアとなります。
2. 勤続1か月以上12か月未満の場合
勤続1か月以上12か月未満の場合は、勤続期間に応じて按分(プロラタ)して計算します。計算式は次のとおりです。
THR = 勤続月数 ÷ 12 × 1か月分の賃金
例えば、Aldiさんが入社して6か月で、1か月分の賃金が700万ルピアの場合、6 ÷ 12 × 7,000,000 = 3,500,000ルピアとなります。したがって、AldiさんのTHRは350万ルピアです。ここは元の記事にある「日割りでTHRが計算されます」ではなく、「勤続期間に応じて按分(プロラタ)されます」とする方が適切です。
3. 日雇い労働者の場合
一定の条件を満たす日雇い労働者(Pekerja Harian Lepas)もTHRの対象となります。勤続12か月以上の場合は、宗教上の祝祭日前の直近12か月に受け取った賃金の平均額を、1か月分の賃金として計算します。勤続12か月未満の場合は、勤務期間中に受け取った賃金の月平均額を基礎としてTHRを算出します。固定月給の従業員とは計算方法が異なるため、日雇い労働者を雇用している企業は注意が必要です。
退職する従業員のTHRはどうなる?
実務上、特に注意したいのが退職者の取り扱いです。PKWTT(無期雇用契約)の従業員については、宗教上の祝祭日の30日前以内に雇用関係が終了する場合、一定の条件のもとTHRの支給対象となります。一方、この「祝祭日前30日」の規定は、契約期間満了によって雇用関係が終了するPKWT(有期雇用契約)の従業員には同じようには適用されません。したがって、退職予定者について一律に「THRを支給する・しない」と判断するのではなく、雇用契約の種類、退職日・契約終了日、宗教上の祝祭日との関係を確認することが重要です。
THRの支給が遅れた場合は?
THRは法律上の支給義務があるため、「資金繰りが厳しいから後から支払う」という対応には注意が必要です。THRを支給期限までに支払わなかった場合、企業にはTHR総額の5%の罰金が科される可能性があります。また、罰金を支払ったからといってTHR本体の支給義務がなくなるわけではありません。そのため、企業は支給期限から逆算して対象者の確定、計算、承認、資金準備を進める必要があります。
人事管理システム(HRIS)によるTHR計算の自動化
従業員数が増えるほど、THRをExcelなどで手作業計算する負担は大きくなります。特に、
- 入社日
- 勤続期間
- 基本給
- 固定手当
- 雇用形態
- 宗教
- PPh21
など複数のデータを確認しながら計算する必要があるため、手作業ではヒューマンエラーが発生する可能性があります。こうした業務は、人事管理システム(HRIS)を活用することで効率化できます。
1. 勤続期間を自動で判定
人事管理システム(HRIS)では、従業員の入社日などの情報を一元管理できます。これにより、「12か月以上の満額支給対象者」と「12か月未満の按分対象者」をExcelで一人ずつ確認する必要がなくなります。
2. 給与計算・PPh21と連携
THRは税務上も給与計算に影響するため、PPh21を含めた正確な計算が必要です。給与計算(Payroll)と人事データが連携したシステムであれば、通常給与とTHRをまとめて管理でき、手作業による転記や二重入力を減らすことができます。
3. 給与明細をデジタル配信
THRの支給内容を給与明細へ反映し、従業員へデジタル配信することもできます。従業員自身がスマートフォンやPCから支給内容を確認できるため、給与・THRの透明性向上にもつながります。
4. 法令改正への対応
インドネシアでは、労働法や税制などの制度が変更されることがあります。そのため、人事管理システム(HRIS)を選ぶ際には、現在の制度に対応しているだけでなく、インドネシアの法改正に継続的に対応できるベンダーかどうかも重要な選定ポイントです。
THR支給をスムーズに行うために
THRは、インドネシア企業にとって毎年発生する重要な人件費です。特に従業員数が多い企業では、通常給与に加えて1か月分程度のTHRが一時期に集中するため、キャッシュフローへの影響も小さくありません。そのため、人事部門だけの業務として考えるのではなく、経理・財務部門とも連携し、事前にTHR総額を試算して資金計画へ反映することが重要です。また、新入社員、日雇い労働者、退職予定者などについては計算・支給条件が異なるため、対象者を事前に整理しておく必要があります。
まとめ:THRは早めの準備と正確な計算が重要
THRは、インドネシアで従業員を雇用する企業にとって避けて通れない重要な法定手当です。基本的には、
- 勤続12か月以上:1か月分の賃金
- 勤続1か月以上12か月未満:勤続月数 ÷ 12 × 1か月分の賃金
という考え方で計算します。しかし実務では、雇用形態、固定手当、日雇い労働者、退職予定者、PPh21など、さまざまな条件を考慮する必要があります。従業員数が増えるほど、Excelによる手作業での管理には限界があります。
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